治療中に離婚へ。嘘にまみれた結婚生活⑦
そんな治療の副作用で苦しんでいる頃、私の弟がお見舞いに来てくれ、姉の痩せ細った姿に驚き、何か食べられるものないかなと考えてくれ、そうだ!ソフトクリーム食べに行こう!と提案してくれました。
当時、まだ冷たくて甘いかき氷やアイスは痛みを我慢しながらでも食べる事ができていてカロリー摂取の為に毎日家でゆっくり口に運んでいました。
毎日限られた同じものを必死に口に運ぶことに疲れていたその頃の私にとっては弟の言ってくれた提案は飛び上がるほど嬉しいもので、治療の痛みや辛さよりも久々に幸せな気持ちを感じ、早速準備して「嬉しい」と言いながら出掛けようとしました。そんな最中、夫は言いました。
「コロナなんだから行かんかったらいーのに。」
…崖から突き落とされたような感覚に陥りました。
その頃はコロナの感染者が減り自粛が解除されていた時期でした。
何も食べられなくなる日が近づく恐怖と戦い、ガリガリになりながらも子供におっぱいを上げる為に痛みに耐えながら必死に食べることを頑張って生きていた私を1番近くで見て知って生活していた人に、当たり前かのような意見を言われたことのショックがあまりにも大きすぎました。
結局そんなことを言われたとも知らない弟と皆で食べに行きましたが頭がぼーっとして、その日食べたソフトクリームはまだ味覚があったはずの私でしたがなんの味もしない、世界一まずいソフトクリームとなりました。
これを機に頑張ることに疲れ、もう口からの栄養の摂取を止め息子におっぱいをあげるのも止めました。
夫には何も言う事がありませんでした。
しかし、まだこの人にまだ人としての心があるのではないかと可能性を感じていた当時の私は、ずっとこの時の発言を何とも思ってないのかが気になって頭から離れず、ずっと考えていました。
しかし考えれば考える程、この状況を毎日目の前で見ていて軽々しくそのようなことを言える夫に対し、私は死ぬかもしれないような辛い状況になった時もこの人に助けてもらえないかもしれないと思うようになっていきました。
そしてこの人、以前コロナで世の中自粛モード全開でいちばんヤバい出産直前の頃に飲みに行くとか言い出した人だよね?と思い出し彼の人間性に違和感ばかり感じ始めました。
そこで、耐え切れず何日か経ってこの時のこと話しました。
「1番近くにいて状況を分かってくれている人に分かってほしかった」
と伝えると
「僕の思いは少しでも伝わってると期待してたけど、本当に自分の価値観以外は全て受け入れられないのかな」
との返事でした。
この時私はこれ以上何言っても分かってもらえないという思いで「私はそういう人なのかもしれないね。ごめんね。」
と何も消化し切れないまま話しを一旦終わらせました。
続く
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